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Eyes on the Prize

(未)

[VHS]


・原題をクリックするとamazon.comのInternet Movie Databaseの詳細データが見られます。

・Part 2は普段は隠れていて、クリックするとJavaScriptによるウィンドウにて表示されます。取り扱いには十分お気をつけ下さい。

公開:1987
監督:Henry Hampton
地域:アメリカ全土
出演:Martin Luther King、Rosa Parks、Mose Wright、Julian Bondほか
範疇TVミニ・シリーズ/ドキュメンタリー/公民権運動

私の評価 :☆☆☆☆

【Part 1】

『ROOTS/ルーツ』(1977)が計573分(9時間半)でしたが、このミニ・シリーズ'Eyes on the Prize'はVHSテープ7巻、計840分(14時間)です。アメリカのNHKとも云えるPBS(Public Broadcasting Service)が放送した、1954〜1980年代にかけての黒人の公民権運動の歩みを描いたもの。NHKでも放送されたことがあるようです。

原題は公民権運動の歌の一つから取られています。「獲得すべきものを見据えて」という意味で、"prize"は「人種差別撤廃」、「選挙権」などもろもろを指すようです。

その多くが南部の出来事である第一部は1980年に公開され、絶賛を浴びました。内容は公的ライブラリ、メイジャーおよびローカルのTV局、ニュース・フィルムなど、ありとあらゆるところから見つけて来た貴重な映像をベースに、それらの出来事を体験した有名、無名の人々が数十年後の“現時点”(制作時点)で語るインタヴューを織り交ぜたもの。ナレーションは当時SNCC(非暴力学生連盟)の活動家で、その後ジョージア州の議員となったJulian Bond(ジュリアン・ボンド)。キャスターが視聴者に語りかける場面などなく、全てが実際の映像か当時の体験者の話で一貫しています。

この「アメリカ映画“南部もの”大全集」にはいくつかの公民権運動に関する映画があり、どれもが感動的です。それらの出来事の多くが私の住む地域の周辺で起ったことに気づき、新しく 「公民権運動・史跡めぐり」 というサイトを始めました。事実を知るためには本を読まなくてはなりません。しかし、本を読んで行くと、出来事のいくつかは当時のニュース・フィルムで見てみたいという気にさせられます。そんな時、このTVミニ・シリーズの存在を知りました。先ず、地元の図書館へ出向いたのですが、全14章のうちたった2章しか見当たりませんでした。その2章にはアーカンソー州Little Rockのセントラル高校の初の黒人高校生転入にともなう暴動、ミシシッピ州のミシシッピ大学初の黒人大学生転入にともなう暴動が含まれていました。それらは本で読んでいても凄かったのですが、実写フィルムには到底かないません。私は全巻購入を決意しました。

PBSはもうVHSテープの販売を止めており、eBayなどで探すしかありませんでした。全巻をバラで売っている業者や第一部(360分)、第二部(480分)と別セットにして売る業者もいます。私は全7巻セットを$160.00で落札しました。内容が重いので『ルーツ』のように超特急では観られませんでした。まだ一度通して観ただけですが、もう一度観たら図書館に寄贈する予定です。

【第一部】

1 "Awakening"「目覚め」 (1954〜1956)
1954年の教育裁判で、連邦最高裁は「公教育の場における人種差別は違憲」という判決を下した。これがその後の全ての公民権運動への突破口となった。1955年、アラバマ州モンガメリの一年に及ぶバス・ボイコットとその勝利は、キング牧師を公民権運動のリーダー的地位に押し上げ、全米の黒人に希望を与えた。

2 "Fighting Back"「反撃」 (1957〜1962)
1957年、アーカンソー州Little Rockのセントラル高校への黒人男女高校生9人の転入を州知事が阻止しようとし、1954年の最高裁判決を貫くべくアイゼンハワー大統領が空挺部隊によって高校を占拠し、実力で転入を実現させた。1962年、ミシシッピ州のミシシッピ大学初の黒人大学生転入を州知事が阻止しようとし、K.K.K.を初めとする南部の人種差別主義者数百人が大学に押しかけ暴動を起こし、ケネディ大統領が軍隊を投入する騒ぎとなった。

3 "Ain't Scared of Your Jails"「留置所なんか恐くない」 (1960〜1961)
1960年、ノース・キャロライナで始まった黒人学生による「食堂での平等なサーヴィスを求める座り込み」は全米に広がった。1961年、バスの人種差別が撤廃されたかどうかワシントンD.C.からニュー・オーリンズまでバス旅行をする"Freedom Rider"が始まった。黒人、白人の学生たちが同乗した長距離バスはアラバマ州に入ると爆破され、学生たちは暴行を受けた。

4 "No Easy Walk"「行進はつらいよ」 (1961〜1963)
1963年、南部で最も人種差別が激しいとされるBirminghamで、差別撤廃、黒人の雇用を求めるデモが開始された。数多くの参加者が逮捕され、700人の子供たちまで留置所に入れられた。運動本部は保釈金が枯渇し、キング牧師自らが逮捕され義援金を募ろうとした。この年、ワシントンD.C.において大行進が行われ、キング牧師の"I have a Dream"スピーチが世界に広まった。差別主義者たちの反撃によりBirminghamの教会が爆破され、四人の少女が犠牲となった。

5 "Mississippi: Is This America?"「ミシシッピって、これでもアメリカなの?」 (1962〜1964)
1964年、「50州の中で最悪」と評されるミシシッピに800人の学生、活動家を送り込み、黒人の選挙権登録を推進する"Freedom Summer"が計画された。差別主義者たちは三人の活動家を暗殺して反撃。しかし、活動は続き、黒人たちは民主党大会に代表を送り込むまでに勢力を拡大した。

6 "Bridge to Freedom"「自由への橋」 (1965)
1965年、キング牧師はアラバマ州の田舎町セルマにおける選挙権獲得運動に精力を注いだ。市当局の差別、官憲の暴力を全米に訴えるべく、セルマ→州都モンガメリまでの行進を企画。州の認可が得られなかった行進は、州警察官の暴力で「血の日曜日」となった。ジョンスン大統領の援護により行進が認可され、さまざまな宗教、人種、有名、無名の人の波が州都を目指した。

【第二部】

7 "The Time Has Come"「時は来れり」 (1964〜1966)
1964年、マルコムXが登場し、キング牧師の「汝の敵(白人)を愛せ」を覆し、白人を嫌悪する思想を広め始めた。1965年、SNCC(非暴力学生連盟)の代表となったStokely Carmichael(ストークリィ・カーマイケル)は、ミシシッピ州における選挙権獲得運動のさなか、"Black Power!"を連呼。この叫びが一人立ちし、全米の黒人たちが暴力に目覚める。その例が武装集団"Black Panther"(ブラック・パンサー)であった。

8 "Two Societies"「二つの社会」 (1965〜1968)
1965年、各地で黒人による暴動が頻発。キング牧師はシカゴのスラムに住む黒人の住宅問題を解決を目指すデモ行進を指導。しかし、半年経っても成果はなく、苛立った黒人たちは暴動を起こした。1967年、ミシガン州デトロイトでは黒人たちが放火し、空挺部隊が鎮圧した。死傷者多数。南部では成功を納めたキング牧師だったが、北部の攻撃的黒人たちはコントロール出来なかった。

9 "Power!"「パワー!」 (1966〜1968)
1967年、オハイオ州クリーヴランドの市長選。全米初の黒人市長が誕生した。二ヶ月後にはインディアナ州でも黒人市長が生まれ、文字通り"Black Power"の勝利となった。ニューヨーク州ブルックリンでは黒人の教育委員長が就任したが、彼の采配に対し白人父兄多数がデモ、生徒のボイコットが続いた。人種とその役割が逆転した構図だった。

10 "The Promised Land"「約束の地」(1967〜1968)
1968年、キング牧師はヴィエトナム戦争に反対し、軍事予算を貧しい者に廻せと訴えた。彼は全米の貧しい者をワシントンD.C.に行進させるべく、資金調達に奔走。テネシー州メンフィスの清掃業者のストライキを支援に行き、滞在中に暗殺された。アメリカ中で抗議の暴動が起った。キング牧師の遺志を継いで、「貧しい者の行進」は実現したがロバート・ケネディ上院議員暗殺により成果なく解散。

11 "Ain't Gonna Shuffle No More"「黒いのがお好き」 (1964〜1972)
モハメド・アリの活躍などもあって、黒人が自信を持てる時期が到来した。黒人大学で「もっと黒人文化の講座を!」という運動が起った。インディアナ州で黒人だけの政治集会が行われたが、大混乱に終わる。

12 "A Nation of Law?"「法治国家?」 (1968〜1971)
武装集団"Black Panther"にはFBIが終始監視を怠らなかった。1969年、警官隊がリーダーの寝込みを襲い、90発の弾丸を撃ち込んで虐殺した。1971年、ニューヨーク州アッティカの刑務所で暴動。折衝は不調に終わり、州兵が突入して囚人と捕虜(看守)多数が死亡した。

13 "The Keys to The Kingdom"「王国への鍵」 (1974〜1980)
20年前の教育裁判で、連邦最高裁は「公教育の場における人種差別は違憲」と判決を下したが、学校における人種統合は遅々として進まなかった。マサチューセッツ州ボストンでは統合化反対の父兄のデモが繰り広げられ、生徒は登校拒否を続けた。1977年、ボストンの教育委員に初の黒人が選ばれた。ジョージア州アトランタに初の黒人市長が誕生し、黒人の雇用を促進した。この年、カレッジの黒人、白人学生の数は同数となった。

14 "Back to The Movement"「運動への回帰」 (1979〜Mid 1980s)
1973年、フロリダ州マイアミには中米などからの移民が相次ぎ、市は拡大の一途をたどっていた。黒人実業家が白人警察官によって殺され、裁判で無罪になった時、黒人たちは抗議の暴動を起こした。イリノイ州シカゴでは黒人差別撤廃を表明した白人女性が市長に当選。1983年、今度は「なぜシカゴに黒人市長がいないのか」と選挙権登録運動が展開された。運動は再び地道な草の根運動に回帰したのだった。この結果、初の黒人市長が誕生し、黒人のパワーが証明された。

このTV映画に付随して二冊の本が出版されています。

1) 'Eyes on the Prize (America's Civil Rights Years 1954-1965'
by Juan Williams (Penguin Books, 1990, $18.00)

2) 'Voices of Freedom'
by Henry Hampton and Steve Fayer (Bantam Books, 1990, $22.95)

(1)はこのTV映画の取材で得られた事実、関係者のインタヴューの一部を再録したもの。ヴィデオ入手が難しいので、この本は大きな助けとなるでしょう。なお、この本は私のあらすじにおける【第一部】で終わっています。(2)には地の文章はなく、全てインタヴューを活字に起こしたもの。こちらには【第一部】、【第二部】両方が含まれています。

(December 24, 2002)


【公民権運動関連】

Crisis at Central High『アーカンソー物語』 (1981)
For Us, the Living(未公開)(1983)
The Long Walk Home『ロング・ウォーク・ホーム』 (1990)
Separate But Equal『裁かれた壁〜アメリカ・平等への闘い』(1990)
The Ernest Green Story(未公開)(1993)
The Vernon Johns Story『怒りを我らに』 (1994)
4 Little Girls(未公開)(1997)
Ruby Bridges(未公開)(1998)
Selma, Lord, Selma(未公開)(1999)
Crazy in Alabama『クレイジー・イン・アラバマ』 (1999)
Freedom Song『フリーダム・ソング』(2000)
Boycott『ボイコット/キング牧師の闘い』(2001)
The Rosa Parks Story『ローザ・パークス物語』(2002)
Sins of the Father『父と罪 重き告発』(2002)

公民権運動・史跡めぐり



Poster shown above is a courtesy of Nostalgia Factory.
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